東京地方裁判所 昭和46年(ワ)9191号 判決 1980年2月25日
原告
吉田カツエ
右訴訟代理人
小山明敏
外五名
被告
澤田宣孝
右訴訟代理人
西田健
外一名
被告
恵通商事株式会社
右代表者
林端祥
右訴訟代理人
岡田錫淵
主文
一 被告澤田は原告に対し別紙物件目録(一)(二)記載の土地、建物につき東京法務局渋谷出張所昭和四五年八月一九日受付第三四八二〇号による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
二 被告恵通商事は告に対し別紙物件目録(一)(二)記載の土地、建物につき東京法務局渋谷出張所昭和四六年一月一二日受付第八八六号による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
三 被告恵通商事は原告に対し別紙物件目録(二)記載の建物から退去して別紙物件目録(一)記載の土地を明渡し、かつ昭和四六年一二月一六日から右明渡ずみまで一か月金一万円の割合による金員の支払をせよ。
四 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
一請求原因1項の事実<編注・原告が本件土地建物を訴外吉田正から贈与を受けたこと>は、当事者間に争いがない。
二それで、被告らの本件土地建物の買受の事実の有無について判断を進める。
(一) <証拠>によると、被告らが抗弁において主張しているとおり、昭和四五年九月三〇日原告と被告澤田との間で裁判上の和解(即決和解)の成立していることが認められる。
(二) ところで、原告は、右和解において原告代理人として出頭し和解を成立させている弁護士甲野太郎を代理人として依頼したことはないので、右和解は無効であると主張するので、この点について検討する。
<証拠>によると、次の事実を認めることができる。
1 原告は、昭和四五年三月頃原告方に出入していた保険外交員門田忠夫の引合せで、神宮嗣二を知るようになつた。
2 神宮は原告と知り合うや、原告に対し借金をたのみ、借りた金には高い利息をつけて返還するといつて言葉巧みに金を提供させ、数回にわたり合計三〇〇万円位の金員を借受けた。
3 神宮は原告の手持金が無くなると、同年六月二三日頃原告に対し、自動販売機等の販売を目的とする会社を設立する資金を捻出するためと称して、原告から本件土地建物の権利証を騙取し、これを担保に街の金融業者である鳥海仙吉から約三〇〇万円の借金をした。
4 同年六月末頃から不動産ブローカーが原告方を訪ねてくるようになり、原告は本件土地建物が売りに出ていることを聞くようになつたので、非常に驚き、神宮らから本件土地建物の権利証を取返そうとしたが、相手にされなかつた。そして、知人に教えられて、所轄の東京法務局渋谷出張所に出かけて、登記簿にいわゆる「赤紙」貼付を依頼した。
5 同年八月一四日、鳥海仙吉、田中忠夫、被告澤田らは原告を訪ね、神宮に対する貸付金の回収をはかるためには、本件土地建物を一たん被告澤田へ所有権移転登記をしたうえこれを他へ転売して利得をえようと共謀し、田中において「神宮の鳥海に対する借財は六〇〇万円になつている。このままだとあなたの不動産は鳥海さんにとられてしまう。澤田さんが利息のつかない金を六〇〇万円出してくれることになつた。そのうちから鳥海さんに返せば土地建物はとられないですむから安心だ。」と告げた。原告は、本件建物の間貸のみによつて生計を立てており、本件土地建物を失なうと何もなくなつてしまうので、本件土地建物を他へ売渡す意図は全くなく、これが他人の手に渡らなければよいと考えていた。それで、原告は、その法律的無知も手伝い、被告澤田の差出した書類(被告澤田に金六〇〇万円で売渡す旨の「売買契約書」)は本件土地建物を他人の手に渡さないようにするための書類で、金六〇〇万円を無利息で融資してくれるものと誤信して、同人の求めるままに、右書類に原告の署名押印をした。
右契約書の第一五条には、不動文字による条項に追加する特約の形式で、「甲(売主原告)乙(買主被告澤田)両名共本物件受渡を明確にするため管轄する簡易裁判所に於て即決和解をなすことを確約同意する。」と記載されており、この条項は、被告澤田において当時本件建物には原告が居住し間借人を置いていたので明渡を確保するために記入したものと考えられるが、この条項について被告澤田から原告に何も説明はなく、原告がこの条項を了解した形跡は全くない(後記のとおり、同年九月末頃、原告は訴訟委任状に署名押印をしているが、この訴訟委任状が右即決和解に使われるということは全く認識していなかつたと認められる。)。なお、その際、被告澤田は原告に金一〇〇万円を手渡したが、原告はこれは売買契約の手付金の趣旨のものであるとは理解しておらず、田中に対し金三〇万円を、鳥海に対し金七〇万円を手渡している。
6 同月一八日、田中が原告を訪ね、「今日登記所へ行かないとまた沢山利息を支払うことになる。」旨を告げて、原告を無理に大屋司法書士のところへ同行した。すると、そこに、鳥海、被告澤田らが来ており、鳥海が原告に「これは大切しておきなさい。」といつて金七五万円を手渡した(このお金も、後日、神宮が弁護士をつけて権利証を取返すために必要だと云つて、原告から持ち去つている。)。
7 同年九月三日頃から原告方に被告澤田の指示で岡田某が泊りこむようになり、原告は四畳半の一室に閉じ込められ、その頃からヤクザ風の男が原告方に出入りし、夜通しでマージヤンをして騒ぐようになつたので、原告は心身共に疲労し眠れない状態となり、同月二八日本件建物を退去し、世田谷区下馬一丁目五二番一三号加賀野井方に転居した。
8 同月末頃、原告の転居先に、岡田が訪ねてきて、記入個所が白紙になつている訴訟委任状(甲第二四号証)を原告に示し、書類の内容を十分に説明しないで、その書類に原告の署名捺印を求め、原告はその書類が何であるかを理解しないまま、求められるままにこれに署名押印をしている。
9 同月三〇日東京簡易裁判所において、原告代理人として甲野太郎弁護士、被告代理人として乙野次郎弁護士が出頭して(原告自身は出頭していない。)、前認定の内容の和解が成立しているが、原告は甲野太郎弁護士に会つたことは全くなく、裁判所に昭和四五年八月一四日付原告名義の訴訟委任状(甲第二四号証)が提出されているものの、原告は甲野太郎弁護士に訴訟委任をしたことも、同弁護士と打合せをしたことも、訴訟委任を他人に一任したこともなく、甲野太郎弁護士は原告が関与することなく委任され、甲野太郎弁護士に対する報酬も被告澤田において支払つている。
10 被告澤田は、本件に関して、有印私文書偽造同行使、公正証書原本不実記載同行使で起訴され、第一、第二審とも有罪の判決を受けている。
右認定に反する被告澤田の供述は前記証拠と対比して信用性に乏しく、また<書証>中の原告の署名押印は原告の署名押印であることについて当事者間に争いがないが、右書証はいずれも、通常では考えられないことであるが、本件では前記認定のとおり、原告が文書の趣旨を理解しないままで被告澤田らの指示のままに署名押印をしていたことが認められるので、右書証に原告の署名押印があるからといつて、これらの原告作成部分を本件事実認定の資料として取りあげることはできず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によると、本件裁判上の和解について、原告はその代理人とされている甲野太郎弁護士を委任した事実は認められないから、右和解は無効というほかない。
(三) 次に、被告らは、本件土地建物を原告から昭和四五年八月一四日に買取つたものである。仮に同月一八日原告は右売買を追認していると主張するが、前記認定のとおり、原告は被告澤田から金六〇〇万円の融資をうけるつもりで売買契約書に署名押印をしているものであり、同人に対し本件土地建物を売渡した事実ないしこの売渡を後日追認した事実はこれを認めるに足りる証拠がない。
(四) そうすると、被告澤田は本件土地建物を原告から取得しているとは認め難いから、請求の趣旨第一項の被告澤田の所有権移転登記は登記原因を欠くものである。
(五) 被告澤田の本件土地建物の取得が認められない以上、その余の点について判断する迄もなく、被告恵通商事は本件土地建物を被告澤田から取得する余地はなく、請求趣旨第二項の被告恵通商事の所有権移転登記も登記原因を欠くものである。
三被告恵通商事が本件土地建物を昭和四六年一月頃以降占有していることについては当事者間に争いがないところ、前叙のとおり、同被告は本件土地建物を占有しうる権原を有していない。そして、<証拠>によると、本件土地建物の昭和四六年当時の時価は金一、一〇〇万円であると認められるので、その昭和四六年一二月以降の賃料相当の損害金は少くとも右時価のおよそ一%ないし1.5%の金額にあたり、月額金一万円を下廻るものでないと認めるのを相当とする。
原告が同被告に対し本件土地建物の退去、明渡と訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年一二月一六日から右明渡ずみまで一か月一万円の割合で賃料相当の損害金の支払を求めている請求は理由がある。
四以上の次第であるので、原告の請求はいずれも理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。
(山田二郎)
物件目録<省略>